国際交通事件(令和2年3月30日)の概要と判決文です。

概要

 歩合給の計算に当たり売上高等の一定割合に相当する金額から残業手当等に相当する金額を控除する旨の定めがある賃金規則に基づいてされた残業手当等の支払により労働基準法37条の定める割増賃金が支払われたとはいえないとされた事例

判決文

平成30年(受)第908号 賃金請求事件

令和2年3月30日 第一小法廷判決

主 文

 原判決を破棄する。

 本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理 由

上告代理人指宿昭一、同谷田和一郎の上告受理申立て理由について

1 本件は、被上告人に雇用され、タクシー乗務員として勤務していた上告人らが、歩合給の計算に当たり売上高(揚高)等の一定割合に相当する金額から残業手当等に相当する金額を控除する旨を定める被上告人の賃金規則上の定めが無効であり、被上告人は、控除された残業手当等に相当する金額の賃金の支払義務を負うなどと主張して、被上告人に対し、未払賃金等の支払を求める事案である。

上記定めの下では、揚高が同じであれば、時間外労働、休日労働及び深夜労働(以下「時間外労働等」という。)の有無やその時間数の多寡にかかわらず、原則として総賃金の額は同じとなるところ、第1審は、上記定めは公序良俗に反し無効であるとして、上告人らの未払賃金の請求を一部認容し、第1次控訴審もこれを支持して被上告人の控訴を棄却した。

これに対し、第1次上告審は、労働契約において売上高等の一定割合に相当する金額から労働基準法37条に定める割増賃金に相当する額を控除したものを通常の労働時間の賃金とする旨が定められていた場合に、当該定めに基づく割増賃金の支払が同条の定める割増賃金の支払といえるか否かは問題となり得るものの、当該定めが当然に同条の趣旨に反するものとして公序良俗に反し、無効であると解することはできないとした上、本件賃金規則における賃金の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができるか否か等について審理判断することなく上告人らの請求を一部認容すべきとした

第1次控訴審の判断には、割増賃金に関する法令の解釈適用を誤った結果、上記の点について審理を尽くさなかった違法があるとして、第1次控訴審判決中被上告人敗訴部分を破棄し、同部分につき、本件を原審に差し戻した(最高裁平成27年(受)第1998号同29年2月28日第三小法廷判決・裁判集民事255号1頁。以下「第1次上告審判決」という。)。

2 第2次控訴審である原審の確定した事実関係等の概要は、次のとおりである。

(1) 被上告人は、一般旅客自動車運送事業等を目的とする株式会社である。

(2) 上告人らは、第1審判決別紙雇用日等一覧表の「雇用年月日」欄記載の年月日頃、被上告人との間で労働契約を締結し、タクシー乗務員として勤務していた。

(3) 被上告人の就業規則の一部であるタクシー乗務員賃金規則(以下「本件賃金規則」という。)は、本採用されているタクシー乗務員の賃金につき、おおむね次のとおり定めていた。

ア 基本給として、1乗務(15時間30分)当たり1万2500円を支給する。

イ 服務手当(タクシーに乗務せずに勤務した場合の賃金)として、タクシーに乗務しないことにつき従業員に責任のない場合は1時間当たり1200円、責任のある場合は1時間当たり1000円を支給する。

ウ(ア) 割増金及び歩合給を求めるための対象額(以下「対象額A」という。)を、次のとおり算出する。

対象額A=(所定内税抜揚高-所定内基礎控除額)×0.53+(公出税抜揚高-公出基礎控除額)×0.62

(イ) 所定内基礎控除額は、所定就労日の1乗務の控除額(平日は原則として2万9000円、土曜日は1万6300円、日曜祝日は1万3200円)に、平日、土曜日及び日曜祝日の各乗務日数を乗じた額とする。また、公出基礎控除額は、公出(所定乗務日数を超える出勤)の1乗務の控除額(平日は原則として2万4100円、土曜日は1万1300円、日曜祝日は8200円)を用いて、所定内基礎控除額と同様に算出した額とする。

エ 深夜手当は、次の①と②の合計額とする。

①{(基本給+服務手当)÷(出勤日数×15.5時間)}×0.25×深夜労働時間

②(対象額A÷総労働時間)×0.25×深夜労働時間

オ 残業手当は、次の①と②の合計額とする。

①{(基本給+服務手当)÷(出勤日数×15.5時間)}×1.25×残業時間

②(対象額A÷総労働時間)×0.25×残業時間

カ(ア) 公出手当のうち、法定外休日(労働基準法において使用者が労働者に付与することが義務付けられている休日以外の労働契約に定められた休日)労働分は、次の①と②の合計額とする。

①{(基本給+服務手当)÷(出勤日数×15.5時間)}×0.25×休日労働時間

②(対象額A÷総労働時間)×0.25×休日労働時間

(イ) 公出手当のうち、法定休日労働分は、次の①と②の合計額とする。

①{(基本給+服務手当)÷(出勤日数×15.5時間)}×0.35×休日労働時間

②(対象額A÷総労働時間)×0.35×休日労働時間

(以下、深夜手当、残業手当及び公出手当のうち上記エからカまでの各①の部分を「基本給対応部分」、各②の部分を「歩合給対応部分」という。)

キ 歩合給(1)は、次のとおりとする。

対象額A-{割増金(深夜手当、残業手当及び公出手当の合計)+交通費}

ク 歩合給(2)は、次のとおりとする。

(所定内税抜揚高-34万1000円)×0.05

ケ なお、本件賃金規則は平成22年4月に改定されたものであるところ、同改定前の本件賃金規則においては、所定内基礎控除額の基準となる1乗務の控除額が、平日は原則として3万5000円、土曜日は2万2200円、日曜祝日は1万8800円とされるとともに、公出基礎控除額の基準となる1乗務の控除額が、平日は原則として2万9200円、土曜日は1万6400円、日曜祝日は1万3000円とされていた。また、上記エからカまでの各計算式において「基本給+服務手当」とされている部分がいずれも「基本給+安全手当+服務手当」とされていたほか、上記クの歩合給(2)に相当する定めはなく、「歩合給」として、上記キの歩合給(1)と同様の定めがあった。

(4)ア 上告人らは、平成22年2月から同24年2月までの間、本件賃金規則上の本採用のタクシー乗務員として、第1審判決別紙個人別賃金計算書の「所定乗務数」及び「公出乗務数」の各欄記載のとおり勤務した。

イ 上記アの期間における上告人らの揚高(税抜)は、第1審判決別紙個人別賃金計算書の「所定税抜揚高」及び「公出税抜揚高」の各欄記載のとおりであった。

これらに基づいて、本件賃金規則の定め(ただし、平成22年3月支給分は同年4月の改定前のもの)により、残業手当、深夜手当、公出手当、交通費及び歩合給(1)(同年3月支給分については「歩合給」。以下、両者を区別せずに「歩合給(1)」という。)の額を計算すると、それぞれ、同計算書の「残業手当」、「深夜手当」、「公出手当」、「通勤交通手当」及び「歩合給」の各欄記載のとおりであり、被上告人は、上告人らに対し、上記各欄記載の額の金員を支払った。また、上記の期間について、上告人ごとに各月の対象額Aの額を計算すると、同計算書の「対象額A」欄記載のとおりであった。

なお、被上告人は、歩合給(1)の算定に当たり、対象額Aから割増金及び交通費相当額を控除した金額がマイナスになる場合には、歩合給(1)の支給額を0円とする取扱いをしており、実際に、上告人らに支払われた賃金について、対象額Aが上記の控除額を下回り、歩合給(1)の支給額が0円とされたこともあった。

3 原審は、上記事実関係等の下において、要旨次のとおり判断し、上告人らの請求をいずれも棄却すべきものとした。

タクシー乗務員に支給される賃金として本件賃金規則が定めるもののうち、基本給、服務手当、歩合給(1)及び歩合給(2)が通常の労働時間の賃金に当たる部分となり、割増金を構成する深夜手当、残業手当(法内時間外労働の部分を除く。)及び公出手当(法定外休日労働の部分を除く。)が労働基準法37条の定める割増賃金に当たる部分に該当することになるから、本件賃金規則においては、通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とが明確に区分されて定められているということができる。そして、本件賃金規則において割増賃金として支払われた金額(割増金の額)は、通常の労働時間の賃金に相当する部分の金額を基礎として労働基準法37条並びに政令及び厚生労働省令(以下、これらの規定を併せて「労働基準法37条等」という。)に定められた方法により算定した割増賃金の金額を下回らないから、上告人らに支払われるべき未払賃金があるとは認められない。

4 しかしながら、原審の上記判断は是認することができない。その理由は、次のとおりである。

(1)ア 労働基準法37条が時間外労働等について割増賃金を支払うべきことを使用者に義務付けているのは、使用者に割増賃金を支払わせることによって、時間外労働等を抑制し、もって労働時間に関する同法の規定を遵守させるとともに、労働者への補償を行おうとする趣旨によるものであると解される(最高裁昭和44年(行ツ)第26号同47年4月6日第一小法廷判決・民集26巻3号397頁、最高裁平成28年(受)第222号同29年7月7日第二小法廷判決・裁判集民事256号31頁、最高裁同年(受)第842号同30年7月19日第一小法廷判決・裁判集民事259号77頁参照)。また、割増賃金の算定方法は、労働基準法37条等に具体的に定められているが、労働基準法37条は、労働基準法37条等に定められた方法により算定された額を下回らない額の割増賃金を支払うことを義務付けるにとどまるものと解され、使用者が、労働契約に基づき、労働基準法37条等に定められた方法以外の方法により算定される手当を時間外労働等に対する対価として支払うこと自体が直ちに同条に反するものではない(第1次上告審判決、前掲最高裁平成29年7月7日第二小法廷判決、前掲最高裁同30年7月19日第一小法廷判決参照)。

イ 他方において、使用者が労働者に対して労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったとすることができるか否かを判断するためには、割増賃金として支払われた金額が、通常の労働時間の賃金に相当する部分の金額を基礎として、労働基準法37条等に定められた方法により算定した割増賃金の額を下回らないか否かを検討することになるところ、その前提として、労働契約における賃金の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と同条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することができることが必要である(最高裁平成3年(オ)第63号同6年6月13日第二小法廷判決・裁判集民事172号673頁、最高裁同21年(受)第1186号同24年3月8日第一小法廷判決・裁判集民事240号121頁、第1次上告審判決、前掲最高裁同29年7月7日第二小法廷判決参照)。そして、使用者が、労働契約に基づく特定の手当を支払うことにより労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったと主張している場合において、上記の判別をすることができるというためには、当該手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされていることを要するところ、当該手当がそのような趣旨で支払われるものとされているか否かは、当該労働契約に係る契約書等の記載内容のほか諸般の事情を考慮して判断すべきであり(前掲最高裁平成30年7月19日第一小法廷判決参照)、その判断に際しては、当該手当の名称や算定方法だけでなく、上記アで説示した同条の趣旨を踏まえ、当該労働契約の定める賃金体系全体における当該手当の位置付け等にも留意して検討しなければならないというべきである。

(2)ア 被上告人は、上告人らが行った時間外労働等に対する対価として、本件賃金規則に基づく割増金(深夜手当、残業手当及び公出手当)を支払い、これにより労働基準法37条の定める割増賃金を支払ったものであると主張する。そこで、前記(1)で説示したところを前提として、上記主張の当否について検討する。

前記2(3)ウからキまでのとおり、割増金は、深夜労働、残業及び休日労働の各時間数に応じて支払われることとされる一方で、その金額は、通常の労働時間の賃金である歩合給(1)の算定に当たり対象額Aから控除される数額としても用いられる。対象額Aは、揚高に応じて算出されるものであるところ、この揚高を得るに当たり、タクシー乗務員が時間外労働等を全くしなかった場合には、対象額Aから交通費相当額を控除した額の全部が歩合給(1)となるが、時間外労働等をした場合には、その時間数に応じて割増金が発生し、その一方で、この割増金の額と同じ金額が対象額Aから控除されて、歩合給(1)が減額されることとなる。そして、時間外労働等の時間数が多くなれば、割増金の額が増え、対象額Aから控除される金額が大きくなる結果として歩合給(1)は0円となることもあり、この場合には、対象額Aから交通費相当額を控除した額の全部が割増金となるというのである。

本件賃金規則の定める各賃金項目のうち歩合給(1)及び歩合給(2)に係る部分は、出来高払制の賃金、すなわち、揚高に一定の比率を乗ずることなどにより、揚高から一定の経費や使用者の留保分に相当する額を差し引いたものを労働者に分配する賃金であると解されるところ、割増金が時間外労働等に対する対価として支払われるものであるとすれば、割増金の額がそのまま歩合給(1)の減額につながるという上記の仕組みは、当該揚高を得るに当たり生ずる割増賃金をその経費とみた上で、その全額をタクシー乗務員に負担させているに等しいものであって、前記(1)アで説示した労働基準法37条の趣旨に沿うものとはいい難い。また、割増金の額が大きくなり歩合給(1)が0円となる場合には、出来高払制の賃金部分について、割増金のみが支払われることとなるところ、この場合における割増金を時間外労働等に対する対価とみるとすれば、出来高払制の賃金部分につき通常の労働時間の賃金に当たる部分はなく、全てが割増賃金であることとなるが、これは、法定の労働時間を超えた労働に対する割増分として支払われるという労働基準法37条の定める割増賃金の本質から逸脱したものといわざるを得ない。

イ 結局、本件賃金規則の定める上記の仕組みは、その実質において、出来高払制の下で元来は歩合給(1)として支払うことが予定されている賃金を、時間外労働等がある場合には、その一部につき名目のみを割増金に置き換えて支払うこととするものというべきである(このことは、歩合給対応部分の割増金のほか、同じく対象額Aから控除される基本給対応部分の割増金についても同様である。)。そうすると、本件賃金規則における割増金は、その一部に時間外労働等に対する対価として支払われるものが含まれているとしても、通常の労働時間の賃金である歩合給(1)として支払われるべき部分を相当程度含んでいるものと解さざるを得ない。そして、割増金として支払われる賃金のうちどの部分が時間外労働等に対する対価に当たるかは明らかでないから、本件賃金規則における賃金の定めにつき、通常の労働時間の賃金に当たる部分と労働基準法37条の定める割増賃金に当たる部分とを判別することはできないこととなる。

したがって、被上告人の上告人らに対する割増金の支払により、労働基準法37条の定める割増賃金が支払われたということはできない。

ウ そうすると、本件においては、上記のとおり対象額Aから控除された割増金は、割増賃金に当たらず、通常の労働時間の賃金に当たるものとして、労働基準法37条等に定められた方法により上告人らに支払われるべき割増賃金の額を算定すべきである。

5 以上と異なる原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、被上告人が上告人らに対して支払うべき未払賃金の額等について更に審理を尽くさせるため、本件を原審に差し戻すこととする。

よって、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 深山卓也 裁判官 池上政幸 裁判官 小池 裕 裁判官 木澤克之 裁判官 山口 厚)